PSAによる前立腺がん検診への疑問


 一泌尿器科医として前立腺がん死する人を一人でも減らしたいという思いはあります。

 一公衆衛生医として前立腺がんの早期発見に向けたシステムづくりに貢献したい思いはあります。

 しかし、以前からPSA検診については疑問がありました。(紳也特急81号)

 2007年8月に厚生労働省の研究班が前立腺がん検診について否定的な見解を出してから疫学者と泌尿器科医の対立の構図が出来上がったように思います。議論がかみ合っていない中、一泌尿器科医として疑問に感じることを自分なりにまとめてみました。

 今回、あらためていろんな論文を読む中で、今の時点で市町村が実施する対策型検診(住民検診等の集団検診)としては不適切であるとの思いが強くなりましたので私が抱いている疑問を解消していただけるよう、多くの泌尿器科医も公衆衛生担当者にご意見をいただけるようHPで考えを紹介したいと考えました。ただ、今後、より精度の高い前立腺がん検診の必要性は否定されるものではありませんので、多くの泌尿器科の先生方と協議しながら適切な前立腺がん検診を確立できればと思っています。

2016.2時点の岩室紳也の「PSA検診の考え方」です。

 以下に前立腺がん検診に関するいくつかの意見を紹介します。

PSA検査は患者と協議の上限定的な実施を 米国内科学会がガイダンス発表  英文本文

早期前立腺がん 手術不要?(読売新聞2012.8.16)

前立腺癌診療ガイドライン2012年版
前立腺がん検診ガイドライン2010増補版(日本泌尿器科学会編)
前立腺癌診療ガイドライン 2006年版 (日泌会・厚生科学研究班編)
  このガイドラインへの岩室の疑問(pdf)
厚生労働省研究班 前立腺がん検診ガイドライン(完全版)
前立腺がん検診ガイドライン解説(2010年3月31日 第1版公開)
前立腺がん検診ガイドライン公開フォーラムの議事録
泌尿器科学会の見解と対応
厚生労働省研究班の指針に対する神奈川県の学会・医会の声明文

病院の実力2009がんと闘う(読売新聞)
 年間死亡者数 約9500人
 回収率62%のアンケートの中の主だった施設だけで根治的治療(完治するとして勧める治療)として、
前立腺全摘 9,094件、放射線治療 7,929件が行われています。過剰治療は否めません。

「公衆衛生」特集 がん予防

公衆衛生、73(12)、912-916、2009  ←岩室紳也の結論です
論文で引用した文献はこちら
タイトル   更新日 ファイル名
前立腺がん検診の課題  ダウンロード用
(3.56Mb)(PowerPoint2007)
H22.4.29  iwa09 
閲覧用
 ダウンロード用(9.67Mb)pdf
前立腺がん検診関連データ  エクセルデータ(岩室集計)
(Excel2007)
 H22.1.1 pca 

まとめるきっかけとなった論文です。
Thompson,I.M., et al:Operating Characteristics of Prostate-Specific Antigen in Men With an Initial PSA Level of 3.0ng/ml or Lower. JAMA,294:66-70、2005
Fritz H. Schroder,et al: Screening and Prostate-Cancer Mortality in a Randomized European Study. N Engl J Med 360:1320-1328, 2009

 要旨
●PSAには前立腺がんを高い敏感度と高い特異度でスクリーニングするカットオフ値はなく、連続する
 全ての値において前立腺がんのリスクがある
●PSA4.1ng/mlでの敏感度、すなわち捕捉される前立腺がんは全前立腺がんの20.5%
●PSA検診は前立腺がん死亡率を20%低下させるものの、1人の前立腺がん死を回避するには48人を
 治療する必要がある

裏を返せば
●PSA検診では前立腺がんの20%しか補足しないから根治療法による死亡率の低下は20%にとどまる
●根治療法を受ける48人中47人は何もしなくても前立腺がん死しない
●PSA検診で病理診断されている前立腺がんはラテントがんである可能性が高い

PSA検診を実施している市町村等に求められていること(岩室試案)
●インフォームドコンセントの徹底
    →PSA検診の課題
       過剰治療と対策( PSA監視療法)
       PSA4.0ng/ml未満における把握もれの存在
●日本でのPSAの特異度、敏感度の検証
    →PSA基準の引き下げ(3.0 ng/mL)
●検診へのPSA doubling timeの導入
    →PSA1.0 ng/mL以上で翌年2倍もしくは1.0 ng/mL以上上昇は要精検
●PSA監視療法(Active Surveillance)による過剰治療回避
    →Gleason Score7以下は全例厳重な経過観察
    →定期的な前立腺生検の実施を含む
    →経過観察基準の徹底
    →結果の集積と分析
 では、任意型検診(人間ドック等の自己責任型検診)としてはどう考えるか?
 私は現在60歳ですが、今のPSA検査は受けません。「裏を返せば」に書いたことがその理由です。でも前立腺がんで死ぬ可能性はあります。本当に難しい選択です。

わかりやすく言うと
      PSA検診で4ng/ml以上の人に前立腺生検を行って前立腺がんが見つかる確率も、
               じゃんけんで負けた人に前立腺生検を行って前立腺がんが見つかる確率も同じ。

で、なぜ、この検診が行われているのか?
この事実を知らない泌尿器科医が多いから?


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